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最高裁判所大法廷 昭和27年(れ)30号 判決 1954年4月28日

主文

上告を棄却する。

理由

被告人の弁護人鍛冶利一の上告趣意について。

原審大阪高等裁判所第六刑事部裁判所書記官南野清一及び裁判長判事岡利裕の昭和二六年一一月二〇日附始末書によれば、本件記録中一冊が紛失し、被告人に対する原判決謄本並びに後記金三用その他に対する逮捕手続書を除く被告人に対する一切の書類殊に原審における各公判調書原本並びに第一、二審判決原本はすべて存在しないこと所論のとおりである。

しかし本件では、被告人に対し昭和二三年一二月一五日原判決謄本記載の犯罪事実と同一の公訴事実について神戸地方裁判所豊岡支部に公訴が提起されたことは、昭和二六年七月一六日附神戸地方検察庁豊岡支部検事小村保秀のその旨の証明書、右検事小村保秀が神戸地方検察庁検事正に対する被告人の関税法違反事件につき昭和二三年一二月一五日公判請求をした旨の報告書、及び弁護人の謄写記録中に存する右公判請求書の写に徴して明らかであり、右被告事件については神戸地方裁判所豊岡支部において、昭和二三年一二月二八日有罪の第一審判決の言渡があり、被告人から控訴の申立があって事件が原審大阪高等裁判所に係属し、同裁判所第六刑事部においてこれが審理を担当するに至ったことは、いずれもその旨の記載のある前記裁判所書記官南野清一及び裁判長判事岡利裕の始末書並びに原判決謄本の存在及び後記の如くその後右事件は同刑事部において当事者間に異議なく審理がなされた事実に徴しこれを認めることができる。

よって按ずるに、公判期日における訴訟手続は、公判調書のみによって証明することができることは旧刑訴六四条の規定するところである。しかし本件のようにその公判調書がすべて紛失して存在しない場合においては、公判期日における訴訟手続でもそれが適法に行われたか否かについては、公判調書以外の証明方法により証明することが許されるものと解し、上告裁判所は、訴訟関係人のこの点に関する証明により、若しくは、上告裁判所自ら旧刑訴四三五条によってこの点に関し事実の取調をした上で、その訴訟手続が適法に行われたか否かを認定することを得るものといわなければならない。然るに本件においては原審大阪高等裁判所第六刑事部裁判所書記官補岡田諭作成の昭和二五年三月一三日附証明書三通(記録第三冊第一丁、第二丁及び第二〇丁)が存在し、これと当裁判所が職権により、事実の取調として為した照会に対する弁護士藤田三郎(原審における被告人の弁護人)の昭和二九年三月五日附回答書、並びに右回答書に添えて、同弁護士の提出した「洪漢守に対する関税法違反藤田法律事務所」と題する弁護資料一綴、同じく当裁判所の照会に対する弁護士井関安治原審における公判立会検事)の同年三月六日附回答書及び原判決謄本を綜合すれば、被告人に対する関税法違反被告事件については、原審大阪高等裁判所第六刑事部は昭和二四年三月八日裁判長判事国政真男、判事大嶋京一郎、判事朝山二郎、裁判所書記岡田諭が列席して同刑事部の公開の法廷で公判を開き、検事井関安治がこれに立会い、被告人及びその弁護人藤田三郎が出頭し、公判審理の手続を施行し審理を終結し判決宣告の期日を同月二二日に指定した事実、及び同月二二日前記刑事部の公開の法廷で、裁判長判事岡利裕、判事朝山二郎、判事国政真男、裁判所書記岡田諭が列席し、検事井関安治立会のもとに被告人出頭の上、原判決謄本と同一内容の判決が言渡され、即日被告人から上告の申立がなされたことを認めることができる。そして、前記弁護士藤田三郎の回答書中の「本件については、昭和二三年(二三年とあるは二四年の誤記と認める)三月八日の第一回公判期日に於て事実の審理行われ、被告人犯行を認め、検事より有罪意見を陳述して懲役一年の求刑があり、弁護人より情状論を陳述して刑執行猶予を悃願した。同日の公判手続についてはいずれも適法に行われ違法と見るべきものはなく、又原判決謄本において被告人の犯罪事実認定の資料として挙示されている各証拠の証拠調手続もすべて適法に行われ違法と見るべきものはない。第二審判決に対しては被告人から即日上告の申立をしたように思う。」との記載、及び前記弁護士井関安治の回答書中の「本件に対する昭和二四年三月八日の公判期日における公判審理の手続はすべて適法に行われ、各証拠の取調手続もすべて適法に行われた。被告人は事実について争わず、弁護人は情状について弁論し、被告人に対する第二審判決の言渡手続も亦適法に行われた。」との記載に徴すれば、前記大阪高等裁判所第六刑事部における前記三月八日の第一回公判期日における訴訟手続はすべて旧刑訴法所定の順序に従い且つ当事者からその手続の適否を争われることもなく履践されて審理を終り、同月二二日の第二回公判期日において判決言渡手続の適否を争われることなく第二審判決の言渡がなされたものと認め得べく、従って、原審における公判期日の公判審理に関するすべての訴訟手続、殊に原判決謄本において被告人の犯罪事実認定の資料として挙示されている各証拠の証拠調手続は、いずれも適法に行われ且つ原判決も亦適法に言渡されたものというべきである。又公判調書に裁判長及び裁判所書記の署名捺印が存したか否かは現在公判調書が紛失しているのでこれを知るに由ないけれども、公判調書に右署名捺印を必要とするのは公判調書に記載された公判廷における出来事がその記載のとおり発生し又は行われたことを認証するためであるから、前記の如く公判期日における訴訟手続がすべて適法に行われたものと認められる本件においては、その公判調書に裁判長、裁判所書記の署名捺印が存したか否かはもはや問うところではない。よって論旨第二点及び第三点は採用できない。

次に、前認定の如く原判決謄本が挙示する証拠は何れも現実に存在し適法な証拠調を経て原判決事実認定の資料に供されたものというべく、(昭和二三年一二月四日附城崎北地区警察署勤務司法警察官村尾林十郎外九名名義の被疑者金三用其の他に対する逮捕手続書は、残存の本件記録中にその原本が現に存在することは論旨も認めるところである。)又被告人は公訴事実を争わなかったので、弁護人は弁論として情状論のみを陳述したことは前認定のとおりであるから、原判決がその挙示した証拠により被告人の犯罪事実を認定したのは正当で、原判決には証拠に基かずに事実を認定したとか又は証拠と認定事実との間にくいちがいがあるという違法もなかったものというべきである。してみれば原審公判廷でどんな証拠が取調べられたのか又原判決の挙示する証拠には如何なる記載があったか知り得ないから、原判決は適法な証拠によらないで有罪の言渡をしたものであるとのことを前提とする論旨第一点及び論旨第四点は共に理由がない。

よって旧刑訴四四六条に則り主文のとおり判決する。

この判決は裁判官の一致した意見である。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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